幻だ。

繰り返し、自分に言い聞かせる。


それでも腕の中のぬくもりは妙にリアルで、耳に入る怨嗟の声は胸を深く抉った。










[get out]










積み上がった棺のそれぞれから出てきたゾンビ達が、うつろな目を向けてこちらに手を伸ばしてくる。
一人一歩前に出ているジジイの声をどこか遠いことのように聞きながら、俺は動けずにいた。 
知らず、リナリーを抱く手に力がこもる。

ジジイはそれを知ってか知らずか、ニィッと笑った。



『そうだ幻だ』



ジジイが肯定する。しかし意図する所が違う。
奴は――目の前の、俺の記憶から出てきた幻のジジイは、ヒトを指して幻という。
人間など、誌上のインクにすぎないと。
俺も確かに、そう思っていたはずだった。








――うるさい。

ジジイの声が。


皆の、自分の呼ぶ声が。





何より、誰より愛しいあの人の、自分を呼ぶ、声が。




「ラビ」



やめろ、幻。

そんな姿で、俺の名前を呼ぶな。











「ラビ」


今度は、すぐ傍から。
リナリーの声に視線を落とせば、その手には短剣。
慌てて飛び退って構えを取る。 パンダナが裂けて、前髪が落ちかかった。
ゾンビ達の悲痛な声が、胸に突き刺さる。



――わたしたちを捨てるの。


仲間じゃないっていうの。


ラビ。 どうして。

どうしてどうしてどうして。





「・・・・・・・・・・・・ッ」


痛いほど唇を噛み締めて、襲い掛かってくる影達に向かって腕を薙いだ。

吹き飛ばされるあの人が見えた。
苦痛の声が聞こえた。



見るな。

聞くな。

無視してこの場を離れろ!!



心が限界だと悲鳴を上げていた。
何も聞きたくない、見たくない、感じたくない。 俺は固く目をつぶって、また短剣を握った右手を一閃させた。





ふっと、真っ暗だった視界に色がついた。 コムイの声がする。
俺は目を閉じたままだ。 既視感に、それは過去の記憶の場面なのだと、すぐに気がついた。


「やめろ」


覗かないでくれ。

思い出させないでくれ。

思いもむなしく、目の前で繰り返される過去の情景。

教団で過ごした、穏やかじゃないけど、穏やかだった日々。
錯覚した。 ここが自分の居場所であるかのように。
仲間。 帰る場所。 ブックマンの自分にあるはずのないそれらが、自分の掌の上にあるような気さえした。



ブックマンであることに嫌気がさしたわけじゃない。

でももうインクだなんて思えなかった。




『ユウ・・・・・・・・』



だってこの名前はこんなにも愛しい。
この存在は、こんなにも。




いつからだろう。




ジジイの言葉が辛いと感じるようになったのは。




―――いつからか、俺は”誰か”のために戦うようになっていた。



「やめろ・・・・・のぞくな・・・・・・・っ」

何かが体に当たった感触に、思考が引き戻される。
落ちて水音を立てたそれは、あの竹林に落ちていたトランプだった。

横からすっと手が伸びてきて、トランプを拾い上げる。
それはアレンだった。 しかしその姿をきちんと認識する前に、アレンの幻は何者かの掌底をくらって無残に吹き飛ばされた。
目の前で原型もわからぬくらいに壊された顔に心臓が止まりそうになる。
そんなラビに、”ラビ”は冷ややかな目を向けた。
今まさにアレンを壊した、幾度となくこの精神世界で顔を合わせて来た、もう一人の”ラビ”は。


「はぁ・・・・・ッ」



荒い自分の呼気が耳に付く。

“ラビ”が何か言っている。 

崩れていくアレンが、自分の名を呼ぶ。


でもそんないろいろな音も頭からすっ飛ぶくらいに、俺はただただ目の前にたたずむ人を凝視していた。

あの人はその手に刀を持っているのに。

その切っ先を自分に向けているのに。



確かに幻だと理解していながら、俺はどうすることもできなかった。










刃が、深く胸に突きたてられる。




そうしたのは彼だけじゃないのに、彼しか目に入らない。 彼のことしか考えられない。

















ユウ。




絞り出した声が聞こえたのか、単に俺を害して満足したのか、ユウはニタリと凶悪そうに笑った。





「弱いな」





そうだよ、俺は弱い。





「弱いお前を必要とする奴なんていない。 お前は仲間じゃない」





ああ、そうだよ。





「お前なんていらない。 死んじまえよ」





――それもいいかもな。





疲れ切った頭はろくに動かず、投げやりな答えを打ち出す。
















「・・・・・・・・・・それでも、俺は」




喋ろうとしたら、溢れ出る血が喉を塞いで、思うようにならなかった。
視界はくらむし、体から力が抜けていくのがはっきりわかった。 3方向から串刺しにされて、助かるわけがない。
でもこれは――・・・・・現実じゃ、ない。



今の俺はブックマン失格なのかもしれない。
でもそんな小言は戻ってから本物のジジイからいくらでも聞く。 罵倒だって、本物のユウからいくらだって聞く。

そんなことは今考えるべき問題じゃない。 今は考えろ、帰る方法だけを!!





「お・・・・れは・・・・・・・・かえ、る・・・ん・・さ・・・・・・・・・・・」





ああユウ、思いだしたら心配で、会いたくて堪らなくなったさ。









視界の端で、”ラビ”が面白くなさそうに眉をひそめたのが見えた気がした。
















・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
発想が貧困で申し訳ない・・・・・。
119夜からのねつ造というか、フィルター越しにはこう見えたというか。
ポジティブというか、考えることを放棄する開き直りがラビには必要だと思います。考えすぎだよあの子・・・






      ・BACK・